それから長く休刊だつた雑誌が運転しだすと急に気忙しさが加はつた。雑誌社は何時出かけて行つても、来訪者が詰めかけてゐたし、原稿は机上に山積してゐた。いろんな人間に面会したり、雑多な仕事を片づけてゆくことに何か興奮の波があつた。その波が高まると、よく彼は「人間が人間を揉み苦茶にする」と悲鳴をあげた。
(人間が人間を……)。昔、僕は人間全体に対して、まるで処女のやうに戦いてゐた。人間の顔つき、人間の言葉・身振・声、それらが直接僕の心臓を収縮させ、僕の視野を歪めてふるへさせた。一人でも人間が僕の眼の前にゐたとする、と忽ち何万ボルトの電流が僕のなかに流れ、神経の火花は顔面に散つた。僕は人間が滅茶苦茶に怕かつたのだ。いつでもすぐに逃げだしたくなるのだつた。しかも、そんなに戦き脅えながら、僕はどのやうに熱烈に人間を恋し理解したく思つてゐたことか。
ところが今では、今でも僕が人生に於てぎこちないことは以前とかはりないが、それでも、人間と会ふとき前とは違ふ型が出来上つてしまつた。僕が誰かと面談しようとする。僕は僕のなかにスヰツチを入れる。すると、さつと軽い電流が僕に流れ、するとあとはもう会話も態度も殆
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