どオートマチツクに流れだすのだ。これはどうしたことなのだ? 僕は相手を理解し、相手は今僕を知つてゐてくれるのだらうか――さういふ反省をする暇もなく、僕の前にゐる相手は入替り時間は流れ去る。そして深夜、僕にはいろんな人間のばらばらの顔や声や身振がごつちやになつて朧な暈のやうに僕のなかで揺れ返る。僕はその暈のなかにぼんやり睡り込んでしまひさうだ。と突然、戦慄が僕の背筋を突走る。
「いけない、いけない、あの向うを射抜け」
 何万ボルトの電流が叫びとなつて僕のなかを疾駆するのだ。
(人間が人間を……。その少女にとつて、まるで人間一個の生存は恐怖の連続と苦悶の持続に他ならなかつた。すべてが奇異に縺《もつ》れ、すべてが極限まで彼女を追詰めてくる。食事を摂ることも、睡ることも、息をすることまで、何もかも困難になる。この幼ない切ない魂は徒らに反転しながら泣号する。「生きてゐること、生きてゐることが、こんなに、こんなに辛い」と……。ところが、ある時、この少女の額に何か爽やかなものが訪れる。それから向側にぽつかりと新しい空間が見えてくる。)
「火の唇」のイメージは揺らぎながら彼のなかに見え隠れしてゐた。そ
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