つて光を放つ。(この心の疼き、この幻想のくるめき)僕は眼も眩むばかりの美しい世界に視入らうとした。
 それから、僕を置いてくれてゐたその家の主人は、ある日旅に出かけると、それきり帰つて来なかつた。暫くして、その友人は旅先で愛人を得てゐて、もう東京へは戻つて来ないことが判つた。それから僕はその家を立退かねばならなかつた。それから僕は宿なしの身になつてゐたのだが、それから……。苦悩が苦悩を追つて行く。――つみかさなる苦悩にむかつて跪き祈る女がゐた。
「一度わたしは鏡でわたしの顔を見せてもらつた。あれはもうわたしではなかつた。わたしではない顔のわたしがそんなにもう怕くはなかつた。怕いといふことまでもうわたしからは無くなつてゐるやうだ。わたしが滅びてゆく。わたしの靡爛した乳房や右の肘が、この連続する痛みが、痛みばかりが、今はわたしなのだらうか。
 あのときサツと光が突然わたしの顔を斬りつけた。あつと声をあげたとき、たしかわたしの右手はわたしの顔を庇はうとしてゐた。顔と手を同時に一つの速度が滑り抜けた。あつと思ひながらわたしはよろめいた。倒れてはゐなかつた。倒れてはゐないのがわかつた。なにかが走
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