、もうあの白骨の姿を僕のうちに予想する眼だつた。
 だが、その年が明けると、その妹にも急に再縁の話が持ち上つてゐた。その話をはじめてきいた日、僕は村の入口の橋のところで、リユツクを背負つてやつて来る妹とぱつたり出逢つた。立話をしてゐるうちに、僕はふと涙が滲んで来た。(涙が? それは後で考へてみると、人間一人餓死を免れたのを悦ぶ涙らしかつた。)だが、その僕はまだ助かつてはゐなかつた。焔は追つて来た。滅茶苦茶にあがき廻つた揚句、僕は東京の昔の友人のところへ逃げ込んだ。
 だが、僕を迎へてくれた友人の家も忽ち不思議な焔に包囲された。飢餓の火はじりじりと燻んで、人間の白い牙はさつと現れた。一瞬にして、人間の顔は変貌する。人間は一瞬の閃光で変貌する。長い長い不幸が人間を変貌させたところで、何の不思議や嘆きがあらう。――日夜、その家の細君のいかつい顔つきに脅えながら、僕はひとり心に囁いてゐた。
 紅の衣服にて育てられし者も今は塵堆を抱く――乞食のやうな足どりで、僕は雑踏のなかや、焼跡の路を歩いた。焼跡の塵堆に僕の眼はくらくらし、ひだるい膝は前にずんのめりさうだつた。と頭上にある青空が、さつと透き徹
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