けないうちに、田舎から新しい細君を娶つた。無数の変り果てた顔の渦巻いてゐた廃墟を、無数の生存者が歩き廻つた。廃墟の泥濘の上の闇市は祭日のやうであつた。人々はよろめきながら祭日をとり戻したのだらうか。僕もよろめきながら見て歩いた。今にもぶつ倒れさうな痩男がひらひらと紙幣を屋台に差出し、手で把んだものをもう口に入れてゐた。めらめらとゆらぐ焔は到る処にあつた。復員者はそこここに戻つて来て、崩壊した駅は雑踏して賑はつた。その妻子を閃光で攫はれた男は晴着を飾る新妻を伴つて歩いてゐた。速やかに、軽ろやかに、何気なく、そこここに新しい巣が営まれた。
「もう決して何も信じません。自分自身も……」
 罹災を免れ家も壊されなかつた中年女は誇らかに嘯くのだが。……寡婦の妹は絶えず飢餓からの脱出を企ててゐた。リユツクを背負ふ面窶れした顔は、若々しい力を潜め、それが生きてゆくための最後の抗議、堕ちて来る火の粉を払はうとする表情となつてゐた。だが、どうかすると、それは血まみれの亡者の面影に見入つて、キヤツと叫ぶ最後の眼の色になつてゐる。悶え苦しむ眼つきで、この妹が僕に同情してくれると僕はぞつとした。たしかその眼は
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