火の唇
原民喜

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)いつもの路《みち》を

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)高層ビルの一|聯《れん》が、

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から2字上げ](昭和二十四年五、六月合併号『個性』)
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 いぶきが彼のなかを突抜けて行った。一つの物語は終ろうとしていた。世界は彼にとってまだ終ろうとしていなかった。すべてが終るところからすべては新しく始る、すべてが終るところからすべては新しく……と繰返しながら彼はいつもの時刻にいつもの路《みち》を歩いていた。女はもういなかった、手袋を外《はず》して彼のために別れの握手をとりかわした女は。……あの掌《てのひら》の感触は熱かったのだろうか冷やりとしていたのだろうか……彼はオーバーのポケットに突込んでいる両手を内側に握り締めてみた。が何ものも把《とら》えることは出来なかった。影のような女だったのだが、彼もまた女にとって影のような男にすぎなかったのだ。影と影はひっそりとした足どりで濠端《ほりばた》に添う鋪道《ほどう》を歩いていた。そして、
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