んでしまいそうだ。と突然、戦慄《せんりつ》が僕の背筋を突走る。
「いけない、いけない、あの向うを射抜け」
何万ボルトの電流が叫びとなって僕のなかを疾駆するのだ。
(人間が人間を……。その少女にとって、まるで人間一個の生存は恐怖の連続と苦悶《くもん》の持続に他《ほか》ならなかった。すべてが奇異に縺《もつ》れ、すべてが極限まで彼女を追詰めてくる。食事を摂《と》ることも、睡ることも、息をすることまで、何もかも困難になる。この幼い切ない魂は徒《いたず》らに反転しながら泣号する。「生きていること、生きていることが、こんなに、こんなに辛《つら》い」と……。ところが、ある時、この少女の額に何か爽《さわ》やかなものが訪れる。それから向側にぽっかりと新しい空間が見えてくる)
「火の唇」のイメージは揺らぎながら彼のなかに見え隠れしていた。そのうち仕事の関係で彼は盛場裏の酒場や露次奥の喫茶店に足を踏み入れることが急に増《ふ》えて来た。すると、アルコールが、それは彼にとって戦後はじめてと云っていいのだったが、彼の眼や脳髄に沁《し》みてゆき、夜の狭い裏通りには膨《ふく》れ上ってゆらぐ空間が流れた。……彼の腰掛
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