。人間の顔つき、人間の言葉・身振・声、それが直接僕の心臓を収縮させ、僕の視野を歪めてふるえさせた。一人でも人間が僕の眼の前にいたとする、と忽ち何万ボルトの電流が僕のなかに流れ、神経の火花は顔面に散った。僕は人間が滅茶苦茶に怕《こわ》かったのだ。いつでもすぐに逃げだしたくなるのだった。しかも、そんなに戦き脅《おび》えながら、僕はどのように熱烈に人間を恋し理解したく思っていたことか)
ところが今では、今でも僕が人生に於《おい》てぎこちないことは以前とかわりないが、それでも、人間と会うとき前とは違う型が出来上ってしまった。僕が誰かと面談しようとする。僕は僕のなかにスイッチを入れる。すると、さっと軽い電流が僕に流れ、するとあとはもう会話も態度も殆どオートマチックに流れだすのだ。これはどうしたことなのだ? 僕は相手を理解し、相手は今僕を知っていてくれるのだろうか――そういう反省をする暇もなく、僕の前にいる相手は入替り時間は流れ去る。そして深夜、僕にはいろんな人間のばらばらの顔や声や身振がごっちゃになって朧《おぼろ》な暈《かさ》のように僕のなかで揺れ返る。僕はその暈のなかにぼんやり睡《ねむ》り込
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