寡婦の妹は絶えず飢餓からの脱出を企てていた。リュックを背負う面窶《おもやつ》れした顔は、若々しい力を潜め、それが生きてゆくための最後の抗議、堕ちて来る火の粉を払おうとする表情となっていた。だがどうかすると、それは血まみれの亡者の面影に見入って、キャッと叫ぶ最後の眼の色になっている。悶《もだ》え苦しむ眼つきで、この妹が僕に同情してくれると僕はぞっとした。たしかにその眼は、もうあの白骨の姿を僕のうちに予想する眼だった。
 だが、その年が明けると、その妹にも急に再縁の話が持ち上っていた。その話をはじめてきいた日、僕は村の入口の橋のところで、リュックを背負ってやって来る妹とぱったり出逢った。立話をしているうちに僕はふと涙が滲《にじ》んで来た。(涙が? それは後で考えてみると、人間一人飢死を免れたのを悦《よろこ》ぶ涙らしかった。)だが、その僕はまだ助かってはいなかった。焔は迫って来た。滅茶苦茶にあがき廻った挙句、僕は東京の友人のところへ逃げ込んだ。
 だが、僕を迎えてくれた友人の家も忽ち不思議な焔に包囲された。飢餓の火はじりじりと燻《くす》んで、人間の白い牙はさっと現れた。一瞬にして、人間の
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