親和が繰返されてゐるのだらう。その軒の下でなくては通じない特別の表情や合図がぎつしり詰つてゐるに違ひないのだ。
僕には焼失せた郷里の家の縁側の感触が夢のなかで甦つてくる。あの座敷の縁側の板のどの部分であつたか、楓の木の茶褐色の節の美しい木目が見えてゐるあたりだつたとおもふ。その辺に僕の死んだ母は坐つて、幼い僕に雷の話をしてくれた。そこからは井戸の側から大きく曲りうねつて空高く伸上つてゐる松の幹が真正面に見えてゐた。
「あの松の木の上の空です。パツと火柱が立つたのです。真赤な大きな火箸のやうな柱が……。それから間もなく火事になりました。香川さんの屋根の上に雷は墜ちたのでした。あのときの怕かつたこと、それは何といつていいのか。まだ朝のことでした」
母はまだ松の上の空に火柱を視た瞬間の表情を湛へてゐた。それは僕がまだ生れない前の出来事だつたが、母の顔つきから僕には何かほのぼの伝はつてくるものがあつた。
「お前がまだ、おなかにゐた頃、近所に火事がありました。あのときも、それは何といつていいのか驚いてしまひました」
そんなことを語る母の表情には不思議に僕をうつとりとさすものがあつたやうだ。
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