を見渡して吃驚した。窓から斜に差込んでくる光線のために、薄暗い天井の下に犇めく顔は殆どすべて歪んでゐた。労苦に抉りとられた筋肉と煤けた皮膚と頭髪が入乱れて、粗末な服装のなかに渦巻いてゐる。一瞬、僕は奇怪な油絵のなかに坐つてゐるやうな気がした。
 僕はこの外食食堂でいつとなしに、その顔を見憶えてしまつた青年と舗道で擦れちがふたびに、何となく微かに忌々しい気持にされる。その青年が長い縮れた髪をしてゐることと、洋服の色が華美に明るいことが僕の注意を惹くくらゐなのだが、それでは何も相手を厭ふ理由にはなりさうにない。だが、僕は彼が僕と同じ場所で同じ時刻に似たやうな食事を摂つてゐるといふことが、それだけのことが、ふと堪らなく厭はしくなるのだ。僕のなかには今でも何かを激しく拒否したがる子供らしい傾向が潜んでゐるのだ。だから僕はテーブルの向うでいつも縮こまつて箸を動かしてゐる傴僂男を見ると、やはり微かに気に喰はない感情が湧いて来る。だが、僕はあるとき、その傴僂男が汗みどろでリヤカーを牽いてゐる姿を路上で見てハツとした。僕のなかにまだ残つてゐる子供らしい核心は粉砕されさうになつた。どのやうに僕が今激しく
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