無表情な洋服の肩のつけ根にとまつたとき、一瞬、相手がバラバラに分解する姿が閃いた。と、あつちからも、こつちからも、悶死者の顔や火の叫喚が僕をとりまいた。ハツとして僕は自分を支へなければならなかつた。……暫くして、僕のなかで犇きあふものが鎮まると、僕はまた先程の女の後姿を眼で追つてゐた。女はもう人混の間に消え去らうとしてゐた。その姿にはどこかはつきりしないが危険な割れ目があるやうだつた。
 だが、どんな人間の姿のなかにだつて、たしかに危険な割れ目は潜んでゐるのではないか。僕はあの原爆の光線で灼かれて死んだ人間たちが、人間といふより塑像か何かのやうに無機物の神秘な表情をしてゐたのを憶ひ出す。滅茶苦茶に膨れ上つた肉塊のなかから、紡錘形や円筒が無言で盛上つて流動してゐたのだ。それは突然襲撃してきたものに対する大驚愕のリズムだつた。すべての痙攣的リズムは絡みあつて空間を掴まうとしてゐた。僕はどうかすると今でも眼の前にある街が脅え上つて、一つの姿勢に凝結する図が浮ぶ。すると群衆の一人一人が円筒や紡錘形の無機物の神秘な表情でひつそりと流動してゐるのだ。

 ある日、僕は満員の外食食堂で、ふと、あたり
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