に、……そんなイメージがきれぎれに僕に浮ぶ。僕はそれが昼間、街の舗道に陳列してあつた写真のせゐだとおもつた。あの写真は削げた頬の下の唇が匙でスープを吸つてゐた。あの写真は靴のない痩せた脛が砂の上を飛歩いてゐた。あの写真は掘立小屋の揺らぐテントの蔭の木のベツドで注射の円い肩が波打つてゐた。僕はそれらが今も僕のなかに紛れ込み僕を脅かしてゐるのがわかつた。すると何処からともなしに哀しげな手風琴の音が聞えて来た。すると僕はその音に誘はれて、ぞろぞろと街を歩いてゐるやうな気持がした。だが、僕のゐるところは一向明るくなかつた。仄暗い地下道らしいところに、僕のまはりを大勢の子供がぞろぞろ歩いてゐるらしかつた。僕は子供たちの流れに添つて歩いて行けばよかつた。と、突然、その流れは停止してしまつた。僕のすぐ眼の前に浮浪児狩りの白い網の壁がするすると降りて来てしまつたのだ。
僕は朝の街角で、すぐ僕の眼の前を歩いて行く若い女の後姿に眼をとめた。午前の爽やかな光線と活々した空気のなかで、その女の小刻みな歩き振りは何の異状も含んではゐなかつた。きちんとした身なりの健康さうな姿だつた。だが、僕の視線がふと、その
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