柄がわかるやうだつた。「をぢさんについてゐるのだよ。をぢさんについてゐれば大丈夫さ」と男は連れてゐる子供を顧みて頻りに云つてゐた。
「この子は迷ひ子で今朝から私につき歩いてゐるのです」
僕はその男が皆目わけの分らぬ状態のなかにゐる感動から、迷ひ子を庇つてゐるやうにおもへた。迷ひ子も、それを保護してゐる男も、それから僕も、すべて、かいもく訳のわからぬものに凭掛つてゐたのだらう。だから世界はあの時、消滅しても僕にとつては余り不思議ではなかつた。だが、世界は消滅しなかつた。夜が明けると、僕はまた、まのあたり惨禍のまつただ中にゐるのだつた。僕はあの迷ひ子がその後どうなつたか知らない。あの男によつて、ほんとに保護されて救はれただらうか。それとも突離されてしまつただらうか。
雑沓の人混のなかを歩いてゐると、あちこちから洩れてくる雑音のなかに、奇妙に哀しい調子をもつたジヤズのギターの音がある。ふと気がつくと、僕のすぐ眼の前を老人が一人妙に哀しい調子で歩いてゐるのだ。老人の肩から縄でぶらさげてゐる小さな荷物の包みは、ギターの音につれてチンチンチンと小刻みに揺れ動いてゐる。視ると、老人の足はびつこ
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