ぶられる気持がした。彼は遠い北国で一人の愛人を得て、そのままそこへ住みついてしまつたのだ。
「私がこの数年来の絶望の脱走の自殺のてまへに植ゑつけられた傷心の生活については殆どまだ誰にも云はなかつたが、私の自殺の手まへは今了つた。今ひとりの女人像が立つた。私はそのまなざしの光のなかをのぼり、底へ底へと深淵をくぐる。ここにはじめて私は底をきはめうるはずの光を見た。私の救済は吹雪のうちに見た雪女から始つた。この女は愚かさを知つて甘んじて身を捨てて清らかに母を養ふ処女。私はその裸身を抱きながら、まだいつまでも処女でありうるといふ交流を行ふ。私はもうここを去らない。この眼ざしの光のなかでなくては、私は何も考へられない。私は甦る。私ははじめて真実に立ちむかふ。私は生き甲斐といふものを、生の均衡といふものを知つた……」
これはその手紙の一節なのだが、彼は雪と氷柱の土地で新しい愛人を得て、みごとな人生を踏みだしたのだらうか。だが、それは裏街の貧民窟の狭い家屋に母親と姉とそれから彼の愛人との混み入つた雑居生活らしかつた。彼は殆ど絶え間なしに僕に手紙をくれるやうになつた。物凄い勢で絶えず詩を書き、心はつ
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