の騒ぎに揺さぶられながら、夕闇につつまれた部屋で電燈も点けないで、ぼんやりしてゐることがある。さういふとき、この部屋の窓の外に下駄の音が近づいて来る。と、窓の外にある街燈の柱からぶらさがつてゐる紐を誰かが引張る。軽い音とともに、そこには灯がつくのだ。と、僕は置き去りにされてゐた自分に気がつく。子供たちはあの街燈のスヰツチの紐を引張ることに、そんな些細な単純なことに歓びを見出してゐるのだらうか。道路のほかに遊び場を持たない、この附近の子供たちは、どういふ訳か好んで僕の窓のすぐ前にある街燈のところに集るのだが、彼等のなかには何か互に感染しあふ弾みが潜んでゐるのだらう、一人が喚きだすと、忽ち騒ぎは道路一めんに拡つて行く。僕は彼等のなかで絶えず喚きのきつかけ[#「きつかけ」に傍点]を作り出す男の子と女の子の声を覚えてしまつた。が、一たん騒ぎが拡つてしまふと、後から後から喚きは湧上つて回転する。……僕はふと走り喚く子供の頭に映るイメージの色彩を憶ひ出した。体が火照つて頭の上に揺らぐ温かいものが絶えず僕の上にあつた。僕は筒のなかを走りつづけてゐた。だが、ふと、さうして走り廻ることの虚しさが僕を把へ
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