ウオ
ウオ ウオ ウオ
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 と火事の唸りを真似てゐるのを、ぼんやり聴いてゐた。夕闇のおりてゐる寒々とした路上で、子供たちは自分たちで煽りだした自分たちの声に興奮して、まるで一人一人が焔のやうに振舞つてゐるのだ。ほんたうに子供たちは燃え狂ひ、何かに憑かれてゐるのではないか。これは凄惨な空襲の夜の記憶が彼等の眼に甦り、子供らは今、火炎の反射のなかで遊んでゐるのだらうか、だが、
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燃える 燃える わあ わあ わあ
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 子供らの声はだんだん上の方を振上ぐ調子を帯び、みんなが今、同じ一つの幻を凝視してゐるやうだ。そしてそれはもう哀愁を乗越えて、歓喜の頂点に達したもののやうだつた。

 僕は殆ど絶え間なしに雑音にとりまかれて揺さぶられてゐる。道路を隔ててこの窓はすぐ向側の家並と向きあつてゐるが、絶えず窓から飛込んでくる音響は、まるでこの部屋のなかに街や道路が勝手に割込んでくるやうだ。つくづく僕は僕を今仮りに容れてくれてゐる、この部屋を気の毒なおもひで見渡す。だが、見捨てられてゐるのはやはり僕の方らしいのだ。僕はどうかすると窓の外
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