たのだろう。四十年前、神経質な父が建てさせたものであった。
私は錯乱した畳や襖《ふすま》の上を踏越えて、身につけるものを探した。上着はすぐに見附かったがずぼんを求めてあちこちしていると、滅茶苦茶に散らかった品物の位置と姿が、ふと忙しい眼に留るのであった。昨夜まで読みかかりの本が頁《ページ》をまくれて落ちている。長押《なげし》から墜落した額が殺気を帯びて小床を塞《ふさ》いでいる。ふと、何処からともなく、水筒が見つかり、つづいて帽子が出て来た。ずぼんは見あたらないので、今度は足に穿《は》くものを探していた。
その時、座敷の縁側に事務室のKが現れた。Kは私の姿を認めると、
「ああ、やられた、助けてえ」と悲痛な声で呼びかけ、そこへ、ぺったり坐り込んでしまった。額に少し血が噴出《ふきで》ており、眼は涙ぐんでいた。
「何処をやられたのです」と訊ねると、「膝《ひざ》じゃ」とそこを押えながら皺《しわ》の多い蒼顔《そうがん》を歪《ゆが》める。
私は側《そば》にあった布切れを彼に与えておき、靴下を二枚重ねて足に穿いた。
「あ、煙が出だした、逃げよう、連れて逃げてくれ」とKは頻《しき》りに私を急《せ》
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