爪を剥《は》ぎ、バンドを形見にとり、名札をつけて、そこを立去った。涙も乾きはてた遭遇であった。


 馬車はそれから国泰寺の方へ出、住吉橋を越して己斐《こい》の方へ出たので、私は殆《ほとん》ど目抜《めぬき》の焼跡を一覧することが出来た。ギラギラと炎天の下に横わっている銀色の虚無のひろがりの中に、路《みち》があり、川があり、橋があった。そして、赤むけの膨れ上った屍体がところどころに配置されていた。これは精密|巧緻《こうち》な方法で実現された新地獄に違いなく、ここではすべて人間的なものは抹殺《まっさつ》され、たとえば屍体の表情にしたところで、何か模型的な機械的なものに置換えられているのであった。苦悶《くもん》の一瞬|足掻《あが》いて硬直したらしい肢体は一種の妖《あや》しいリズムを含んでいる。電線の乱れ落ちた線や、おびただしい破片で、虚無の中に痙攣《けいれん》的の図案が感じられる。だが、さっと転覆して焼けてしまったらしい電車や、巨大な胴を投出して転倒している馬を見ると、どうも、超現実派の画の世界ではないかと思えるのである。国泰寺の大きな楠《くすのき》も根こそぎ転覆していたし、墓石も散っていた
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