はひどく泣喚くし、女中は頻《しき》りに水をくれと訴える。いい加減、みんなほとほと弱っているところへ、長兄が戻って来た。彼は昨日は嫂の疎開先である廿日市《はつかいち》町の方へ寄り、今日は八幡村の方へ交渉して荷馬車を傭《やと》って来たのである。そこでその馬車に乗って私達はここを引上げることになった。
馬車は次兄の一家族と私と妹を乗せて、東照宮下から饒津《にぎつ》へ出た。馬車が白島から泉邸入口の方へ来掛った時のことである。西練兵場寄りの空地に、見憶《みおぼ》えのある、黄色の、半ずぼんの死体を、次兄はちらりと見つけた。そして彼は馬車を降りて行った。嫂も私もつづいて馬車を離れ、そこへ集った。見憶えのあるずぼんに、まぎれもないバンドを締めている。死体は甥《おい》の文彦であった。上着は無く、胸のあたりに拳大《こぶしだい》の腫《は》れものがあり、そこから液体が流れている。真黒くなった顔に、白い歯が微《かす》かに見え、投出した両手の指は固く、内側に握り締め、爪が喰込んでいた。その側に中学生の屍体が一つ、それから又離れたところに、若い女の死体が一つ、いずれも、ある姿勢のまま硬直していた。次兄は文彦の
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