り出されて漾って来たものであった。私が玉葱を拾っていると、「助けてえ」という声がきこえた。木片に取縋《とりすが》りながら少女が一人、川の中ほどを浮き沈みして流されて来る。私は大きな材木を選ぶとそれを押すようにして泳いで行った。久しく泳いだこともない私ではあったが、思ったより簡単に相手を救い出すことが出来た。
 暫く鎮まっていた向岸の火が、何時《いつ》の間にかまた狂い出した。今度は赤い火の中にどす黒い煙が見え、その黒い塊が猛然と拡《ひろが》って行き、見る見るうちに焔の熱度が増すようであった。が、その無気味な火もやがて燃え尽すだけ燃えると、空虚な残骸《ざんがい》の姿となっていた。その時である、私は川下の方の空に、恰度《ちょうど》川の中ほどにあたって、物凄《ものすご》い透明な空気の層が揺れながら移動して来るのに気づいた。竜巻《たつまき》だ、と思ううちにも、烈しい風は既に頭上をよぎろうとしていた。まわりの草木がことごとく慄《ふる》え、と見ると、その儘引抜かれて空に攫《さら》われて行く数多《あまた》の樹木があった。空を舞い狂う樹木は矢のような勢で、混濁の中に墜ちて行く。私はこの時、あたりの空気が
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