、大急ぎで階段の下に身を潜めたため、あまり負傷を受けなかった。みんな、はじめ自分の家だけ爆撃されたものと思い込んで、外に出てみると、何処も一様にやられているのに唖然《あぜん》とした。それに、地上の家屋は崩壊していながら、爆弾らしい穴があいていないのも不思議であった。あれは、警戒警報が解除になって間もなくのことであった。ピカッと光ったものがあり、マグネシュームを燃すようなシューッという軽い音とともに一瞬さっと足もとが回転し、……それはまるで魔術のようであった、と妹は戦きながら語るのであった。
 向岸の火が鎮まりかけると、こちらの庭園の木立が燃えだしたという声がする。かすかな煙が後の藪の高い空に見えそめていた。川の水は満潮の儘《まま》まだ退《ひ》こうとしない。私は石崖《いしがけ》を伝って、水際《みずぎわ》のところへ降りて行ってみた。すると、すぐ足許のところを、白木の大きな函《はこ》が流れており、函から喰《は》み出た玉葱《たまねぎ》があたりに漾《ただよ》っていた。私は函を引寄せ、中から玉葱を掴《つか》み出しては、岸の方へ手渡した。これは上流の鉄橋で貨車が顛覆《てんぷく》し、そこからこの函は放
前へ 次へ
全30ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング