になりはてても、頗る気丈夫なのだらう、口で人に頼み、口で人を使ひ到頭ここまで落ちのびて来たのである。そこへ今、満身血まみれの、幹部候補生のバンドをした青年が迷ひ込んで来た。すると、隣の男は屹となつて、
「おい、おい、どいてくれ、俺の体はめちやくちやになつてゐるのだから、触りでもしたら承知しないぞ、いくらでも場所はあるのに、わざわざこんな狭いところへやつて来なくてもいいぢやないか、え、とつとと去つてくれ」と唸るやうに押つかぶせて云つた。血まみれの青年はきよとんとして腰をあげた。
 私達の寝転んでゐる場所から二米あまりの地点に、葉のあまりない桜の木があつたが、その下に女学生が二人ごろりと横はつてゐた。どちらも、顔を黒焦げにしてゐて、痩せた背を炎天に晒し、水を求めては呻いてゐる。この近辺へ芋掘作業に来て遭難した女子商業の学徒であつた。そこへまた、燻製の顔をした、モンペ姿の婦人がやつて来ると、ハンドバツクを下に置きぐつたりと膝を伸した。……日は既に暮れかかつてゐた。ここでまた夜を迎へるのかと思ふと私は妙に佗しかつた。

 夜明前から念仏の声がしきりにしてゐた。ここでは誰かが、絶えず死んで行くら
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