しかつた。朝の日が高くなつた頃、女子商業の生徒も、二人とも息をひきとつた。溝にうつ伏せになつている死骸を調べ了へた巡査が、モンペ姿の婦人の方へ近づいて来た。これも姿勢を崩して今はこときれてゐるらしかつた。巡査がハンドバツクを披いてみると、通帳や公債が出て来た。旅装のまま、遭難した婦人であることが判つた。
 昼頃になると、空襲警報が出て、爆音もきこえる。あたりの悲惨醜怪さにも大分馴らされてゐるものの、疲労と空腹はだんだん激しくなつて行つた。次兄の家の長男と末の息子は、二人とも市内の学校へ行つてゐたので、まだ、どうなつてゐるかわからないのであつた。人はつぎつぎに死んで行き、死骸はそのまま放つてある。救ひのない気持で、人はそわそわ歩いてゐる。それなのに、練兵場の方では、いま自棄に嚠喨として喇叭が吹奏されてゐた。
 火傷した姪たちはひどく泣喚くし、女中は頻りに水をくれと訴へる。いい加減、みんなほとほと弱つてゐるところへ、長兄が戻つて来た。彼は昨日は嫂の疎開先である廿日市町の方へ寄り、今日は八幡村の方へ交渉して荷馬車を傭つて来たのである。そこでその馬車に乗つて私達はここを引上げることになつた。

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