さつと薄墨色の跡があり、背のシヤツも引裂かれてゐる。その海水浴で日焦した位の皮膚の跡が、後には化膿を伴ふ火傷となり、数ヶ月も治療を要したのだが、この時はまだこの兄もなかなか元気であつた。彼は自宅へ用事で帰つたとたん、上空に小さな飛行機を認め、つづいて三つの妖しい光を見た。それから地上に一間あまり跳ね飛ばされた彼は、家の下敷になつて藻掻いてゐる家内と女中を救ひ出し、子供二人は女中に托して先に逃げのびさせ、隣家の老人を助けるのに手間どつてゐたといふ。
嫂がしきりに別れた子供のことを案じてゐると、向岸の河原から女中の呼ぶ声がした。手が痛くて、もう子供を抱へきれないから早く来てくれといふのであつた。
泉邸の杜も少しづつ燃えてゐた。夜になつてこの辺まで燃え移つて来るといけないし、明るいうちに向岸の方へ渡りたかつた。が、そこいらには渡舟も見あたらなかつた。長兄たちは橋を廻つて向岸へ行くことにし、私と二番目の兄とはまだ渡舟を求めて上流の方へ遡つて行つた。水に添ふ狭い石の通路を進んで行くに随つて、私はここではじめて、言語に絶する人々の群を見たのである。既に傾いた陽ざしは、あたりの光景を青ざめさせて
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