一匹の馬
原民喜

 五年前のことである
 私は八月六日と七日の二日、土の上に横たわり空をながめながら寝た、六日は河の堤のクボ地で、七日は東照宮の石垣の横で――、はじめの晩は、とにかく疲れないようにとおもって絶対安静の気持でいた、夜あけになると冷え冷えして空が明るくなってくるのに、かすかなのぞみがあるような気もした、しかし二日目の晩は、土の上にじかに横たわっているとさすがにもう足腰が痛くてやりきれなかった。いつまでこのような状態がつづくのかわからないだけに憂ウツであった、だが周囲の悲惨な人々にくらべると、私はまだ幸福な方かもしれなかった、私はほとんど傷も受けなかったし、ピンと立って歩くことができたのだ
 八日の朝があけると私は東練兵場を横切って広島駅をめざして歩いて行った、朝日がキラキラ輝いていた、見渡すかぎり、何とも異様なながめであった
 駅の地点にたどりつくと、焼けた建物の脇で、水兵の一隊がシヤベルを振り回して、破片のとりかたずけをしていた、非常に敏ショウで発ラツたる動作なのだ、ザザザザと破片をすくう音が私の耳にのこった、そこから少し離れた路上にテーブルが一つぽつんと置いてある、そ
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