遺書
原民喜

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【テキスト中に現れる記号について】

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(例)[#地より3字上げ]原民喜
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 原守夫氏宛

 遺書
 長い間御世話になりました
 後に思ひ残すことは何もありません
 あまりあてにもなりませんがもし今後私の著書が出版された際にはその印税を時彦に相続させて下さいみなさんによろしく
[#地から3字上げ]原民喜

[#ここから3字下げ]
原守夫様
[#ここで字下げ終わり]



 永井すみ子氏宛

 長い間 御世話にばかりなりました
 貞恵と死別れて六年あまりも生きてまいりました もう後に思ひ残すことは何もありません
 そちらにあづけてある私の夜具衣類を広島から取りに来たら渡してやつて下さい お願ひ致します
 では 御大切に みなさんによろしく
[#地から3字上げ]原民喜

[#ここから3字下げ]
永井すみ子様
[#ここで字下げ終わり]



 佐々木基一氏宛

 ながい間、いろいろ親切にして頂いたことを嬉しく思ひます。僕はいま誰とも、さりげなく別れてゆきたいのです。妻と別れてから後の僕の作品は、その殆どすべてが、それぞれ遺書だつたやうな気がします。
 岸を離れて行く船の甲板から眺めると、陸地は次第に点のやうになつて行きます。僕の文学も、僕の眼には点となり、やがて消えるでせう。
 今迄発表した作品は一まとめにして折カバンの中に入れておきました。もしも万一、僕の選集でも出ることがあれば、山本健吉と二人で編纂して下さい。そして著書の印税は、原時彦に相読[#「読」はママ]させて下さい。
 折カバンと黒いトランク(内味とも)をかたみに受取つて下さい。
 甥(三四郎)が中野打越一三 平田方に居ます。
 では御元気で……。



 丸岡明氏宛

 御世話になりりっぱなし[#「なりりっぱなし」はママ]でお別れするのを心苦しく思ひます 何卒お許し下さい
 借りが左の通りありますから 主婦之友の印税が入つたら それで処理して下さい
  参千円    庄司総一君
  弐千円    能楽書林
 ガリバーの本が出たら 別記の人々に送って頂きたいので お願ひ致します
 それから文芸に行つてゐた僕の小説 そのうち読んでみて下さい 鈴木君からその間の事情を承はりましたが あれは読んで下されば 諒解して頂けることと信じてゐます
 御健筆
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