ト、こう尋ねます。
「お前の国では、ヤーフが一番偉いのか。そんな馬鹿なことがあってたまるか。それでは、お前の国にはフウイヌムはいないのか。いるとすれば、何をしているのか、それを言ってみ給え。」
私は答えました。
「フウイヌムならずいぶんたくさんいます。夏は野原で草を食べているし、冬になると家の中で飼われて、乾草やからす[#「からす」に傍点]麦をもらっています。そして、召使のヤーフが、身体を磨いたり、たてがみ[#「たてがみ」に傍点]をといてやったり、食物をやったり、寝床をこしらえてやったりするのです。」
「なるほど、それでは、お前の国では、やっぱしフウイヌムが主人で、ヤーフは召使なのだな。」
と主人はうなずきます。
「いや、実はフウイヌムの話をこれ以上お聞かせすると、きっと、あなたは怒られるでしょう。だからもう、この話はよしましょう。」
と私は言いました。しかし、彼はとにかく、ほんとのことが聞きたいのだ、と承知しません。そこでまた私は話しました。
「私の国ではフウイヌムのことを馬と呼んでいますが、それは立派な美しい動物です。力もあり、速く走ります。だから貴人に飼われて、旅行や競馬や馬車を引く仕事をしているときは、ずいぶん大切にされます。しかし、病気にかゝったり、びっこ[#「びっこ」に傍点]になると、今度は他所《よそ》へ売られて、いろんな苦しい仕事に追い使われます。それに死ねば死ぬで、皮をはがれて、いゝ値段で売られ、肉は犬なんかの餌にされます。そのほか、百姓や馬車屋に飼われて、一生ひどくこき使われ、ろくな食物ももらえない馬もいます。」
それから、私は馬の乗り方や、手綱や、鞍、拍車、鞭などのことを、できるだけわかるように説明してやりました。主人はちょっと、腹を立てたような顔を見せましたが、また、こう言いだしました。
「それにしても、お前らがよくもフウイヌムの背中へ乗れるものだ。この家のどんな弱い召使だって、一番強いヤーフを振り落すくらいわけないし、ヤーフ一匹押しつぶすことなど誰にもできるのだ。」
「私の国の馬はもう三つ四つの頃から、訓練されます。どうしてもいけない奴は、荷馬車引きに使われます。もし悪い癖でもあれば、子馬のうちにひどくひっぱたかれるのです。」
こう言っても、主人はまだ私の話がよくわからないようでした。そしてこう言います。
「この国では、動物という動物は、みんなヤーフを毛嫌いしている。弱い者はよけて通り、強い者は追っ払ってしまう有様だ。してみると、仮にお前たち人間が理性を持っているとしても、あらゆる動物から嫌われているのをどうするのだろうか。どうして彼等を馴らして使うことなどできるのか、そこのところがわからない。」
しかし、彼はもうその話はそれで打ち切りました。それから、今度は、私の経歴や生国のことや、この国へ来るまでに出会った、いろんなことを話して聞かせてくれと言うのです。そこで私は言いました。
「それはもう、何なりとお話しいたしましょう。たゞ、心配なのは、とても説明できないような、あなたなどは考えたこともないようなことが、多少あるのではないかと思います。
まず、私の生れはイギリスという島国です。この島はこゝからずいぶん離れています。あなたの召使の一番強いものが歩いて行っても、太陽が一年かゝって一周するだけかゝるでしょう。私は一つ金もうけをして、それで帰ったら家族を養おうと思って国を出たのです。
今度のこの航海では、私が船長になって、五十人ばかりのヤーフを使っていました。ところが、これが海でだいぶ死んでしまったので、別のヤーフをやとい入れました。ところが、新しくやとい入れたヤーフは、海賊だったのです。」
こんなふうに私は話してゆきましたが、主人は海賊などというものが、てんでわからないのでした。そしてこう尋ねます。
「一たい、何のために、何の必要があって、人間はそんな悪いことをするのか。」
そこで、私はいろ/\骨折って、人間の悪徳を説明してやりましたが、彼はまるで、一度も見も聞きもしなかったことを聞かされたように、驚いて憤るのでした。
私と主人とは、それから後も何度も会って、いろんな話をしました。私はヨーロッパのことについて、商業のこと、工業のこと、学術のことなど、知っていることを全部話してやりました。しかし、この国には権力、政府、戦争、法律、刑罰などという言葉がまるでないのです。ですから、こんなことを説明するには、私は大へん弱りました。あるとき、私はこんなことを主人に話しました。
「今、イギリスとフランスは戦争をしているのです。これはとても長い戦争で、この戦争が終るまでには、百万人のヤーフが殺されるでしょう。」
すると主人は、一たい国と国とが戦争をするのは、どういう原因によるのか、と尋ねました。
前へ
次へ
全63ページ中54ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング