サこで、私は次のように説明してやりました。
「戦争の原因ならたくさんありますが、主なものだけを言ってみましょう。まず、王様の野心です。王様は、自分の持っている領地や、人民だけで満足しません。いつも他人のものを欲しがるのです。第二番目の原因は政府の人たちが腐っていることです。彼等は自分で政治に失敗しておいて、それをごまかすために、わざと戦争を起すのです。
 そうかとおもえば、ほんのちょっとした意見の食い違いから戦争になります。たとえば肉がパンであるのか、パンが肉であるのかといった問題、口笛を吹くのが、いゝことか悪いことか、手紙は大切にするのがよいか、それとも火にくべてしまった方がよいかとか、上衣の色には何色が一番よいか、黒か白か赤か、或はまた、上衣の仕立ては、長いのがよいか短いのがよいか、汚いのがいゝか、清潔なのがいゝか、そのほか、まあ、こんな馬鹿馬鹿しい争いから、何百万という人間が殺されるのです。しかも、この意見の違いから起る戦争ほど気狂じみてむごたらしいものはありません。
 ときには、二人の王様が、よその国の領土を欲しがって、戦争をはじめる場合もあります。またときには、ある王様が、よその国の王から攻められはすまいかと、取越苦労をして、かえってこちらから戦争をはじめることもあります。相手が強すぎて戦争になることもあれば、相手が弱すぎてなることもあります。また、人民が餓えたり病気して国が衰えて乱れている場合には、その国を攻めて行って戦争してもいゝことになっています。
 そこで、軍人という商売が一番立派な商売だとされています。つまり、これは何の罪もない連中を、できるだけたくさん、平気で殺すために、やとわれているヤーフなのです。」
 すると主人は、私の話を開いて、こう言いました。
「なるほど、戦争について、お前の言うことを聞いてみると、お前がいう、その理性の働きというものもよくわかる。だが、それにしても、お前たちのその恥かしい行いは、実際には危険が少い方だろう。お前たちの口は顔に平たくくっついているから、いくら両方が噛み合ってみても、大した傷にはならないし、足の爪も短くて軟かいから、まあこの国のヤーフ一匹で、お前の国のヤーフ十匹ぐらいは追っ払うことができるだろう。だから、戦場で仆《たお》れたという死者の数だって、お前は大げさなことを言っているだけだろう。」
 主人がこんな無智なことを言うので、私は思わず首を振って笑いました。私は軍事について少しは知っていましたので、大砲とか、小銃とか、弾丸、火薬、剣、軍艦、それから、攻撃、砲撃、追撃、破壊など、そういう事柄をいろ/\説明してやりました。
「私はわが国の軍隊が、百人からの敵を囲んで、これを一ペんに木っ葉みじんに吹き飛ばしてしまうところも、見たことがあります。また、数百人の人が、船と一しょに吹き上げられるのも見ました。雲の間から死体がバラ/\降って来るのを見て、多くの人は万歳と叫んでいました。」
 こんなふうに私はもっと/\しゃべろうとしていると、主人がいきなり、
「黙れ。」
 と言いました。
「なるほど、ヤーフのことなら、今お前が言ったような、そんな忌まわしいこともやりそうだ。ヤーフの智恵と力が、その悪心と一しょになれば、できることだろう。」
 主人は私の話を聞いて、非常に心が乱され、そして、私の種族を前よりもっと/\嫌うのでした。
 私は今度は金銭の話をしてやりました。これも、主人には私の言う意味がなか/\、のみこめないようでした。私は言いました。
「ヤーフというものは、このお金をたくさん貯めていさえすれば、綺麗な着物、立派な家、おいしい肉や飲物、そのほか、何でも欲しいものが買えるのです。そして、ヤーフの国では、何もかも、お金次第なのですから、ヤーフどもは、いくら使っても使い足ったとか、いくら貯めてももうこれでいゝと思うことはありません。お金のためには、ヤーフどもは絶えず互に相手を傷つけ合うことを繰り返します。お金持は貧乏人を働かせて、らくな暮しをしていますが、その数は貧乏人の千分の一ぐらいしかいません。多くのヤーフは毎日々々、安い賃銀で働いて、みじめな暮しをつゞけています。」
 と、こんなふうに私は話してやりました。それから、ヤーフの国の政治とか法律のことも、主人にいろ/\説明して聞かせました。

     3 楽しい家庭

 ある朝、迎えの使いが、私のところへやって来ました。行ってみると、主人が、
「まあ、そこに坐れ。」
 と言います。
「これまで、お前から聞いた話は、その後、まじめに考えてみたが、どうも、お前たちは、どういう風の吹きまわしか、たま/\爪のあかほどの理性を持っている一種の動物らしい。ところが、お前たちはせっかく、自然が与えてくれた立派な力は、捨てゝ見向きもしようと
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