沚クを受けました。
 この税関吏は、バルニバービ語で、私に話しかけました。この国とバルニバービとは互に往来しているので、港町では、大てい言葉が通じるのでした。
 私はできるだけ簡単に、わかりやすく話してやりましたが、私の国はオランダだと、一つ嘘をつきました。これは、私が日本へ寄ってみようと思っていたからです。その日本では、オランダ人のほかは、一さいヨーロッパ人を上陸させない、ということを、私は知っていました。
「私はバルニバービの海岸で船が難破して岩に打ち上げられたのです。すると、ラピュタ(飛島)に見つかって、救われました。今はこれから、日本へ行こうとしているところです。日本へ行きさえすれば、船があるので、故国へ帰れます。」
 と私は役人に向って言ってやりました。すると、役人は、
「ではさっそく、宮廷へ手紙を書いてあげる。二週間もすれば返事が聞けるだろうから。しかし、それまでは、一応あなたをこちらで捕えておくことにする。」
 と言います。
 そこで、私は宿へ引っ張ってゆかれましたが、門口には、番人がちゃんと一人立っています。しかし、庭の中を歩きまわることだけは許されました。それに、私は国王の費用で、ずいぶんよく、もてなされました。また方々から、私を珍しがって、招いてくれました。私のことが、まだ話にも聞いたことのない、遠い/\国からやって来た男だと、人々の噂になっていたからです。
 私は同じ船で来た一人の青年を、通訳にやといました。この通訳を使って、私は訪ねて来る人たちと、話をすることができました。
 宮廷からの返事を待っていた頃、使者がやって来ました。それは、私と私の連れを、十頭の馬で、この通訳を使って、私は訪ねて来る人たちとトラルドラグダカまで案内してくれるというのです。私は通訳の青年のほかに連れはなかったので、彼に一しょに行ってくれるように頼み、二人の乗り物として、騾馬《らば》を一頭ずつもらいました。いよ/\出発する前に、まず、使者を一人さきに発たせることにしました。
「陛下の御足の前の塵をなめさせていたゞきたいのですが、いつお伺いしたらいゝか、御都合をお知らせくださいませ。」
 と、私の使者は王にこう申し上げました。
 はじめ私は、『塵をなめる』というのは、たゞ、この国の宮廷の言いまわしで、『お目にかゝる』という意味だろう、と思っていました。ところが、その後、これはほんとに塵をなめるのだということがわかりました。
 宮廷に着いて二日目に、私はいよ/\陛下の前に呼び出されました。すると、私は腹這いになれ、と命じられました。そして、陛下の前まで進んで行き、床の塵をペロ/\なめろ、と言われました。もっとも私は外国人なので、特別の扱いをされて、床は綺麗にしてありましたので、塵も大したことはなかったのです。しかし、これは全く特別扱いで、この国の一番偉い人と同じように扱ってくれたわけです。
 ひどいのになると、宮廷で気に入らない人がやって来ると、わざ/\塵をまき散らしておくのです。
 私はこの宮廷で、ある大官が口の中を塵だらけにして、ものも言えず困っているところを見ました。もしこんな場合、相手が陛下の前で、唾を吐いたり、口を拭いたりしたら、すぐ死刑にされてしまいます。
 それからこの宮廷では、もう一つ、面白くない慣習があります。それは、もし王が誰か家来をそっと死刑にしてやろうと思われると、この床の上に、毒の粉をまき散らすように、お命じになります。それを家来がなめれば、二十四時間で死んでしまうというのです。しかし、こうして死刑がすむと、あとは必ず床についている毒を綺麗に洗い落しておくよう、お命じになります。
 あるとき、私は一人の侍童がひどく叱られているのを見ました。それは、床にまいた毒を、あとで綺麗に掃除しておかなかったからです。そのため、一人の立派な青年が、陛下の前で、毒をなめて死んでしまいました。そのとき、陛下は、彼を殺そうとはちょっともお考えにならなかったので、ひどく残念がられました。
 王は私との会見が大へんお気に召されました。
 私と通訳に宮中の部屋を貸してくださって、毎日、食事とお小遣を与えてくれました。私は王にすゝめられて、この国に三ヵ月間滞在しました。ラグナグ人は、礼儀正しい国民でした。私は上流貴族と、おもに附き合いました。通訳つきで話をしたのですが、気まずいものではなかったのです。

     4 死なゝい人間

 ある日のことでした。一人の紳士がふと私にこんなことを尋ねました。
「あなたはこの国のストラルドブラグというものを見ましたか。これは『死なゝい人間』という意味なのですが。」
「あいにくまだ見ていません。しかし、死なゝい人間なんて、一たい、どうして、そんな名前をつけるのですか。そのわけを教えてください。」

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