フ言葉こそ、一番、古くからあって、美しく、立派な、力強い、言葉だ、と自慢しているのです。そして、お互に相手の国の言葉は、野蛮だ、と軽蔑しているのでした。
しかし、リリパットの皇帝は、敵の艦隊を捕虜にしたのですから、鼻っぱしが強かったわけです。使節団には、書類も談判も、みんなリリパット語を使わせました。もっとも、この両国は、絶えずお互に行ったり来たりしているので、両方の国語で話ができる人もたくさんいます。世間を見たり、人情風俗を理解するために、貴族の青年や、お金持たちが、互に行き来していましたから、貴族でも、商人でも、人夫でも、海岸に住んでいる人々なら、大がい、両方の言葉を知っていました。
前に私が釈放してもらうとき、あの誓約書には、いろ/\情ない役目が決められていたものです。ところが、私は今この国の一番高い位のナーダックになったのですから、あんな仕事は私に似合いません。皇帝ももう、そんなことは一度もお命じにならなかったのです。ところが、間もなく、陛下にたいして、大へんな働きをしなければならない事件が起ったのです。
ある真夜中のこと、私はすぐ門口で、数百人の人が大声で何か叫んでいるのを聞きました。はっとして眼をさましたが、私も多少びっくりしました。外では、
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バーラム
バーラム
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という言葉が絶えず聞えてきます。と思うと、群衆を押し分けながら、宮廷の人たちが私のところへやって来ました。
「火事です。宮殿が火事です。早く来てください。」
聞けば、皇后の御殿で、一人の女官が本を読みながらうたゝねしていると、いつのまにか火がついて、大ごとになったというのです。
私はすぐ、はね起きました。私の通り路をあけろ、という命令は前もって出ていました。月夜で路は明るかったし、私は一人も人を踏みつけないで、宮殿まで来ました。見ると、宮殿の壁には、もう、いくつも梯子がかけられ、バケツが運ばれています。
でも、なにぶん、水は遠くから運ばれているらしいのです。人々はどん/\バケツを私のところへ持って来ますが、バケツといっても、大きさは指袋ぐらいですから、これでは、ちょっと、あの火は消せそうもありません。私は上衣さえあれば、すぐ消してしまうのですが、急いだので、つい着てくるのを忘れたのです。着ているのは革チョッキだけでした。これでは
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