рヘフウイヌムの国から追い出された哀れなヤーフです。だから、どうか、このまゝ、そっとしておいてください。」
 ポルトガル語ができるので彼等は驚きましたが、私がまるで馬のようにいなゝいてものを言うのに噴き出してしまいました。私はもう怖くてブル/\震えていました。逃がしてください、と言いながら、独木舟の方へ行こうとすると、彼等は私を捕えて、どこの国の者で、どこから来たかなど、いろんな質問をしかけます。
 彼等がものを言いだしたとき、私は犬や牛がものを言いだしたように、全く変な気持にさせられました。私が何度も逃げ出そうとするので、とう/\彼等は私をしばりあげて、ボートへ引きずりこみ、それから本船へつれて行かれました。そして私は船長室へ引っ張って行かれました。船長の名前はペドロといゝ、大へん、親切な男でした。
「どうか、あなたの身の上話を聞かせてください。食事はどんなものを召し上りますか。これからは私と同じ待遇にしてあげたいのです。」
 と、こんな親切なことを言ってくれます。しかし、私は相変らず黙り込んでいました。
 私は彼等の臭が厭でたまらなく、今にも倒れそうでした。しかし、彼等は私に一寝入せよと言って綺麗な部屋へ案内してくれました。私は服のまゝベッドに渡ころんでいましたが、三十分ばかりして、水夫たちの食事をしている隙に、そっと抜け出しました。こんなヤーフどもと暮すくらいなら、いっそ海へ飛び込もうと覚悟しているところを、船員の一人に見つけられました。そして、今度は船長室にとじこめられました。
「なぜあんな無謀なことをしようとしたのだ。自分は、できるだけのことをしてあげたいと思っているのに。」
 と船長はしみ/″\言ってくれます。
 私はごく簡単に、これまでの身の上話をしてやりました。すると、船長は夢の話でも聞いているような顔つきでした。しかし、彼はなか/\賢い男で、やがて私の話をだん/\わかってくれました。私も、もう二度と逃げ出すようなことはしないと約束しました。
 航海は順調に進みました。一七一五年十一月五日、船はリスボンに着きました。十一月二十四日にイギリス船で私はリスボンを発ち、十二月五日にダウンスに着きました。
 てっきり私を死んだものと思い込んでいた妻子たちは、大喜びで迎えてくれました。家に入ると、妻は私を両腕に抱いてキスしました。だが、なにしろこの数年間という
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