くということは、殆ど言語に絶する忍耐を要する業かもしれません。そういえば、これは小説ではないが、戦時中黙々として『戦争と平和論』を書きつづけた本多秋五も偉い仕事をしたものです。
 その他まだ私の目に触れた範囲で期待している人に馬淵量司、鈴木重雄などがあり、未知数ながら来年あたりから活躍するだろうと思える人に若尾徳平、野田開作などがあります。
 サルトルの『嘔吐』を読んだ感銘もなかなか忘れ難いものでした。恐らく『ユリシーズ』以来久振りで私を震撼させた書ですが、このことは何も私にとって、目下流行の実存主義哲学や肉体の文学とは関係のないことですから、ここでは述べますまい。ただひそかにおもうのは、いま夢中で『嘔吐』を読んだ日本のうら若い一人の青年が、やはり根底から震撼されるとともにはじめて文学のスタートを切る気持に突きやられたのではないかということです。こんな空想が描かれてなりません。
 あれを読みこれを読み、――近頃は私も雑誌の編集をしている関係上、なま原稿だけでも二千枚は読みました――絶ゑず作家や作品名を賑やかにぐるぐる考えつづけていると、何だかのぼせ気味になってしまいます。しかし――

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