すの。

     二

 裁判官は人類の滅亡も人道の破壊も考へない虚無党以上の犯罪だと云つて卓を叩いて怒りましたの。私が裁判官の
「では何所迄も悪いとは思はないのか」
 と云ふ問ひに答へて
「悪かつたと思ひます。ほんとうに。然しそれは私が今迄姙娠した経験がなかつた為に其方に不注意だつたと云ふ事に対してなのです。私が凡ての点に於て未だ独り前の母になる丈けの力がないのを承知し乍《なが》ら姙娠しない様に注意しなかつたと云ふ事が大いに悪かつたのでした」。
 と云つた時にですの。私は裁判官が朱の様に怒つたので驚きました。丁度私は俯いて答へてゐましたのに卓を打つ音に驚愕《びつく》りして顔を上げると法官の顔が凄い様なんですの。私は怩《じつ》と其顔を見てゐました。
「人命をみだりに亡ぼす事を考へないか」
 と怒鳴りましたの。私も少し皮肉でしたけど
「女は月々沢山な卵細胞を捨てゝゐます。受胎したと云ふ丈けではまだ生命も人格も感じ得ません。全く母体の小さな附属物としか思はれないのですから。本能的な愛などは猶《なほ》さら感じ得ませんでした。そして私は自分の腕一本切つて罪となつた人を聞いた事がありません」

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