銭に対して直吉は反抗してみたかつたのだ。現にいまも、飲んでゐるビールが百五十円も二百円もしたところでかまはなかつた。持つてゐる金を今夜、みんなつかひ果してしまひたい焦々した気持ちに追はれてゐた。前田へ半金払つた金の残りは、二万円ばかりを内ポケットに蔵ひ込んでゐる。里子に見せる気はなかつたが里子が、金で体を売る女となつてゐるからには、金で、今夜は里子と遊んでみたい毒々しさにもなつてゐた。直吉は外套のポケットから、外国製のチユウインガムが一二枚あつたのを思ひ出して、手探りでそれを出して卓子に置いた。
「別れないとは云はないさ。籍も返へしてやる。君の云ふとほりに、いまさら、二人で一軒持つてみたところで、それは形だけのものかも知れない。――電話をかけに行かなくても、もう少し、ビールを飲むのつきあつて、浅草へ行きアいゝンだらう。泊らなくてもいゝ。さつきは泊るつもりでゐたンだが、もういゝ。いゝンだよ。やつと俺も納得したンだからね、少しつきあつて行きなさい」
 直吉は酔つた。寝転んで片肘ついて、卓子のコツプを手にした。里子は吻つとした表情で、手をのばして、煙草の吸殻を火鉢の灰につゝこみ、「私、可笑し
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