たが、やつと一ヶ月振りに、妻の手紙とも思へぬ白々しさで、二三日うちに参りますと云ふ音信が来た。――
「お母さん、少しは体はいゝかい?」
「お隣りさんに少々手間をかけさせたので、あやまりに行かなくちやならないね」
「何がお隣りさんだ? お隣りさんなンかありやアしないよ」
「地下室に、水がいつぱい溜つたから、ポンプで吸ひ上げるンだよ‥‥」
「地下室?」
「早く逃げ込まない事にはあぶなくてねえ、壁には[#「壁には」はママ]屋根にも弾があたるンで、四囲が火の海だつたンだよ。歩くのに道が熱くてたまらないしね。お父さんは、私を捨てたンだから。私は何時までも逗留してゐるつもりですよ。私に何も食べさせないし、第一、油断がならないンでね。慇懃な人間には、気を許しちやいけないよ‥‥」
「親爺はそんな人間だ。死んだお母さんにも冷たいひとだつたなア‥‥」
「そりやアさうですよ。女好きなンですからね。鬚を剃つて出なほして来いつて云つて下さい。年中、私は嫌はれてるンで、遠いところから呼んで貰はなくちや‥‥一年前からふらふらして、雑巾がけをするのに辛くてね」
継母はさう云つて、部屋の隅に坐つて、気持ちよささうに話
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