狭い檻の中で、何処へ行く当てもない群集が、閉じこめられてゐる。息苦しくて、直吉は不安な底に落ち込むやうだつた。いつそ里子とは別れてしまふべきだと、その思ひのなかに、また引きずり込まれて行く。自分の生活を大手術してかかるには、まづ、名前だけの夫婦関係を断ち切るべきであらうかと、里子の行末に就いて、直吉は、責任を持つべきものかどうかを疑問に思つてゐる。離れて住む夫婦の、かうした関係に就いて、誰も何の疑問も持たないのは、さうした自分達夫婦のやうなものが案外少ないのではないかとも考へる。ソ連から引揚げて来て、直吉は、家と云ふものをいまだ持てなかつた。半年にもなるのに、自分の努力は少しもその方へ向いて行かなかつたのだ。最初のほどは焦々してゐたのだが、半年も経つてみると、かへつて、投げやりな気持ちになり、現在では、里子に対しても、昔程の激しさはなくなつてゐた。誰が悪いと云ふ事もなかつたが、直吉は時々、世の中の誰へともなく、怒つてみる時がある。「だつて、仕方がないわ。どうにもならないンぢやありませんか。貴方は長い事外国にいらして、空襲なンかを御ぞんじないから、そんな不服もお持ちなのでせうけれど、私一
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