、その晩は、私は、はゞかりへ行つて随分長い事、ナムアミダブツ、ナムアミダブツつて拝んぢやつた。私、震へちやつたわ。とつてもおつかないと思つたンですもの‥‥」
里子は散らばつてゐる線香の屑をひらつて、それを嚊ぎながら、真面目な顔をしてゐた。あるがままの出発点から、里子はかざり気なく酒匂に話したい様子だ。直吉は辛かつた。亡くなつた冨子との交渉の様々が、ぐるぐると頭に明滅した。
「ねえ芸者つてつまらないのね。これで、私、毎晩いやらしい事してるの‥‥。厭になつちやつたわ。面白くもをかしくもないのね。悪い事ばかりしてお金持つてるのね。そんなひと、ちつとも罰があたらないンだから不思議だわ。私、酒匂さんにとても逢ひたかつたのよ」
昼過ぎになつてから、公園は大変な人出だつた。広い廻廊を、お参りの人達がぞろぞろ歩いてゐる。豆売りの店もなくなつてゐるのに、鳩の群が土に降りては、何かを探してついばんでゐる。赤い出征の※[#「ころもへん+挙」、第4水準2−88−28]をかけた背広の男が、子供を抱いて、直吉達のそばに来た。若い細君は棒縞のセルを着て、大きな風呂敷包を抱くやうにしてかゝへてゐる。子供に鳩を見せ
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