んらしくなつてよ?――姉さんも死んぢやつて、私、随分淋しいの。‥‥だから、酒匂さんがなつかしかつたンですわ。時々、逢ひに来て戴くと嬉しいけど‥‥」
 真紅なソーダ水を、ストローでぶくぶく泡立てながら、里子は色つぽく品をつくつて云つた。化粧のない蒼い顔だつた。襟首だけに昨夜の白粉の汚れが残つてゐたが、それがかへつて清潔に見えた。喫茶店を出て、二人は観音様へお参りして、団十郎の銅像の前の陽溜りに躑踞んで、暫く話をした。公園の立木はみな薄く芽をふき、澄み透つた青い空だつた。
「君に逢ひに行くには、相当金がいるのかね?」
「さうでもないわ。でも、酒匂さんは、そんな所に来なくてもいいのよ」
「でも、夜、そんなところで一ぺん、君に逢つてみたいね‥‥」
「私ね、もう、処女ぢやアないのよ‥‥」
 突然、里子は直吉の耳に顔を寄せるやうにして、小さい声で云つた。直吉は赤くなつた。
「だつてね、いまの家のかあさんが、その客の云ふ事を聞いたら、ルビーの指輪を買つてくれるつて云ふのよ。田舎にも五百円送つてくれるつて云ふし、映画も毎日観に行つていゝつて云ふでせう‥‥だから、私、そのひとの云ふ事聞いちやつたンだけど
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