まるで日本の田舎に見る日曜学校のやうな造りで、通行人は、たまたまこのみすぼらしい建物を忘れて通つてしまふ。――昼間でさへ忘れられがちな、この本部は、夜になると、誰がこはしたのか――家の前の街灯はいつも灯火がはひらないので、ほとんど誰の注意も惹かないで過ぎる。
そのやうな共産党本部なのに――今日は明明と灯火がもれて、天使のやうにマントを羽織つた巡査が二人、暗い地下室から、帽子をかぶらない女の腕を握つて通へ出て来た。
灯火のついた二階の硝子窓はいつぱいに開いて、党員の残留組なのであらう。たくみなロシヤ語でこの無帽で引かれて行く一人の女に、拍手をおくり、歌をうたつて街角に折れるまで、狂人のやうなさわぎを止めなかつた。門で見張りをしてゐる巡査も時々二階を見上げながら笑つてゐるだけで、暫時すると、前よりもいつそう静かな暗が来た。
寒子は、ロロから託された品物をパンタロンと一緒に鞄の中へ入れると、プラス・サン・ミツシヱルの燕街へ自動車を走らせた。
星が美しく降るやうであつた。
酔つぱらつた学生が伸びあがつては、自分のベレーを街灯の頭へ引つかけようとしてゐた。寒子はその街灯の前で自動車を降
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