のびなき」に傍点]の話に耽ける。
「貴女はムッシュウ河下に手紙を出しますか、みつちやんしのびなき[#「しのびなき」に傍点]と云つて下さいね」
ミツシヱルのいふしのびなき[#「しのびなき」に傍点]の唄は、さだめし、此の河下の残した憶ひ出なのであらう。時々思ひ出したやうに、ミツシヱルは、河下の話をしては唄をうたふ。
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雨は降る降る
じやうが島の磯に
りきやう[#「りきやう」に傍点]鼠の雨が降る
雨は真珠か
夜明けの霧か
それとも妾のしのびなき[#「しのびなき」に傍点]
[#ここで字下げ終わり]
片言混りな唄ひ振りではあつたが、切々たるミツシヱルの声は、どうかすると、寒子の郷愁をあふりたてた。
「もう止めてよ、仕事の邪魔しちやア駄目ぢやないの‥‥」
すると、唄を止めたミツシヱルは、部屋隅の寝台にひつくり返つて、
「ムッシュウ河下は、そりやアとても魚をよく食べる男だつたんですよ、鯛を買つて来ると、波のやうな型に切つて生のまゝで食べたり、日本ソースで赤く煮たりして、私に御馳走してくれたのですよ」
ミツシヱルが、真面目に、別れた東洋の男の話をすると、寒子もつひほろりと
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