うたびに、「どうだい、面白いかね?」と訊くくせがある。だから、きまつて、わたしも、「えゝ、とにかく面白いわ」と云つておく。夏になつて、二人は伊豆の大仁温泉へ行つた。小さい旅館へ泊つた。関はウィスキーを持つていた。わたしは、うちのおばさんに頼んでお米を買つてもらつて持つて行つた。畑の中の何の変哲もない旅館だつたけれど、蛙の声をきゝながら夜更けまで二人はウィスキーを飲んだ。関は死ぬる話ばかりしていた。わたしは生きている方が面白いと云う話ばかりした。蚊帳にはいつてからも、関はあまり酔つたのか、黙りこんで泣いたりしていた。わたしはおかしくて仕方がなかつた。夜半にわたしは一人で温泉にはいりに行つた。大仁へ一晩泊つてわたしたちは東京へかえつた。それから二三日して、関は自殺してしまつた。あの時からあのひとには死神がついていたのだろう。わたしも、二三日は悲しかつたけれど、段々関の事も忘れてきた。わたしは桃子と云う名前でまたホールを変えた。その日その日が重大で、田舎のことも、自分の行末の事も何も考えない位わたしはとにかく踊ることゝ遊ぶことで忙がしかつた。お金はありつたけ使つてしまうので相変らず貧乏だつた
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