れから、一二年さきには、映画小舎であうことになるでしようと、云うと小山は本気にして、「俺は、もう、何もしないから、お前と一緒に住まわしてくれないか」と哀願するのだつた。わたしは、こゝろのうちでおかしくて仕方がなかつた。――男と云うものはみんな弱いものだと思つた。わたしは弱い男は嫌いだ。小山はお茶でも飲もうと云つたけれど、小山はお茶を飲むほど金を持つていないだろうと思つたので、わたしは、これから会社に行くのだと云つて、さつさと別れてしまつた。小山のような男はどうしても好きになれない。新宿駅のホームにはいると、ふつとわたしのそばに、きれいな女のひとが立つていた。灰色の背広を着て、茶色の大きいハンドバックに、同じ茶色の靴、お白粉も何もつけない顔は、日頃の手いれのゆきとゞいた美しいなめらかな肌で瞳は大きくてきらめくような表情だつた。何気なく通りすがる男たちが、その美しい女のひとに注意をむけては、ふつとわたしの方を見て、苦笑したような表情で通りすぎてゆく、わたしは何だか馬鹿にされたような気がした。――ホールへ行つて、仲間のひとたちをみると、新宿駅のホームで見たような美しい女は一人もみあたらない。
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