あれは、わたしたちと違つて、たつぷりとした金持ちの娘に違いない。わたしは鏡をのぞきこんで、世の中のまともな女たちとはどこか違うことを感じた。わたしたちの様子はわたしたちの仲間だけで派手に目立つような化粧のしかたになつて来る。眼のふちに墨を入れて、唇いつぱいに紅を塗る。このごろはクリームのいゝのがないので、食用油を背中や脚に塗る娘もいて、天ぷら臭いのでいやがられる。わたしは、セロファンのように薄い服を着て、みるからに、昔、田舎にも来ていた事のあるサアカスの女になつたような気がしてくる。ホームで美しい女のひとを見てからは、自分がきたなく見えて来るようで淋しかつた。首にガラスの首飾りをして、手首にメッキした金色の蛇の輪をはめて桃色の紙のようなドレス。髪に大きい水色のリボンを結んで、耳輪は青いねり玉、指輪はルビー。靴は仲間のローズに世話をしてもらつて、やつとの思いで買つた中古の黒革のハイヒール、或る男が、わたしのことを、初荷の馬だねと云つたけれども、その時に意味が判らなかつたけれど、あとで、その意味をきいてとても癪だつた。よく栗山が、「君は化粧しない時の方がずつといゝよ。柄が大きいンだから、化粧をすると、妙に老けてみえる」と云つていた。わたしは、強い化粧をしないではいられない。前のホールでは、マネージャがわたしの事をインコちやんと呼んでいた。
躯の工合がますます悪いので、このごろはホールも休みたくなつて来る。ホールを休むとわたしは御飯も食べないで一日じゆう寝ている。おばさんは心配して、食物をつくつてくれるけれど、少しもほしくない。このごろ、わたしは煙草を吸う事をおぼえた。自分はだんだんいけない女になると思いながら、どうにも自省する事が出来ない。何か考えごとをすると躯がむずがゆくなるので、わたしは一日中寝て、夜更けて退屈すると、一人でトランプをする。一人占いをしていると、いまにも幸福な事が来そうな気がする。きれいな結婚が出来るような気がして来る。陽のよく射す明るい家で、わたしは可愛い、赤ん坊を産む。そんな事を考えるけれど、すぐ、また、ホールの音楽の音色が耳について来る。仲間の友達も、あのホールのなかで、男のひとにだまされたり、だましたりの暮しだけれど、どの女も、たいていはだまされたりの方で、案外、純情で気のいゝ女が多い。このごろホールに、わたしを好きで来る人が一人ある。何の
前へ
次へ
全9ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング