るから、そう云った友達の言葉が、私につぶて[#「つぶて」に傍点]になって飛んで来る。すると、いままで良人の蔭で目をつぶっていたような気持ちが、急に生々とたちあがって羅紗《らしゃ》の匂いの新らしい背広姿に好意を持ったり、襟足《えりあし》の美しさや、時には、よその男のもっている純白なハンカチの色にさえ動悸《どうき》のするような一瞬があるのだ。そうして、その動悸は肉体を苛《いた》めつけるような苦しいものがともなっている場合がある。よその奥さんの気持ちの中に、こんな気持《こころ》はミジンも湧いて来ないものだろうか。結婚をして、一人の男を知ると十七、八の娘のころのように雲のような恋愛はいやになってしまう。恋愛の気持ちのあるたびに、いちいち良人と別れるわけにもゆかないけれども……。
 十年も連れ添うた夫婦で云えば、良人の方には色々なかたちで愉しみの世界があるけれども、奥さんはどんな風にしてとしをとってゆくのだろう。結婚をしているひとたちの恋愛には交通巡査がいる。あぶなくないように恋をしなければならぬ。あやまってよそのくるまに突きあたろうものなら、入院費もかかるし、家族も仕事に手がつかない。交通の整
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