の思ひやりに、久江はいやいやと頭を振りうごかしてゐる。
 昨夜はまんじりともしなかつたけれども、兎に角、一晩たつたといふことは、福へ對しての怒りを、ほどよく冷ますのに十分であつた。
 今、眼の前に見る福といふ女は、久江にはきれいに見えた。赤ん坊もよくふとつて、清治に生うつしである。
 富士山のやうに盛りあがつた小さい唇に、蟹のやうにつば[#「つば」に傍点]きをためながら、青く澄んだ眼を久江へ呆んやり向けた。久江が思はず手を出すと、赤ん坊は思ひがけないあどけさで兩の手を久江の方へのばして來るのである。
 福は佛壇の前へ行きたくて仕方がないやうな赧い顏をして襖のそばへきちんとかしこまつてゐた。
 久江は兩手を出してる赤ん坊をそのまゝすくひあげるやうに抱きあげて、
「まア、一寸、お佛さま拜んで下さい。今日は甘いものをあげようと思つたンだけど」
さういつて、床の間のとこに坐つてゐる。[#「坐つてゐる。」はママ]赤いちやんちやんこのおばあさんの處へ、赤ん坊を抱いて行つてみせるのであつた。
 福はしづかに佛壇の前へ行つてお線香に火をつけてゐる。襟足が初々しくて、しぽの太い白い襟から、首すぢの皮膚が
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