味を拔いて讀んでいつた。正眞正銘の息子の字なので、久江は胸の中が熱くなつて來てゐる。(あなたの血を引いてゐるから‥‥)さうも眼の前のひとに心で怒つてみたりしたけれども、これほどまでに、自分に遠慮してゐたのかと、清治の氣持が何ともいぢらしくて仕方がない。

        四

 翌る朝、大吉郎との約束どほり、福といふ女が、赤ん坊を子守におぶはして久江を訪ねて來た。
 久江のやうに小柄で、美人ではなかつたけれども、人好きのする柔和な顏だちをしてゐた。二十三ださうだけれども十八、九にしか見えない。裾みじかに矢羽根のお召を着て、白い足袋のさきがすつきりしてゐる。
 羽織は紫しぼりの中々こつたものを着てゐた。
「さア、こつちへいらつしやい。――おばあさん、このひとがお福さんですよ」
 昨夜、年寄りには何も彼も話してある。年寄りは、早くその男の子を見たいといつた。何も彼もすぎてしまつたことだし、清治が自分達に子供を形見に遺してくれたことは有難いことだと年寄はよろこぶのであつた。
 昨夜、久江は話しながら涙をこぼしてゐた。自分に對しては、まるで腫物にでもさはるやうなあつかひかたをしてゐてくれた清治
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