、色の白いおばあさんだつたので、老人特有の汚さが少しもない。
久江は手を合はせてぢつと拜みながら、(お父さんがねえ、あんたのお位牌を拜みに來たいつておつしやるのよ)と、口のうちでそつとつぶやいてゐる。
清治は戰死したけれど、何時も私達のそばにゐてくれるだらうと、おばあさんはいふのである。
庭のこぶしには、薄みどりの芽が萠えてゐたし、南天もきらきら陽に光つてゐる。十坪ばかりの狹い庭だつたけれども、おばあさんが庭いぢりが好きで、何處もこゝも丹誠して京都あたりの庭のやうに、清潔できれいだつた。清治も、このおばあさんの薫陶をうけたせゐか、非常に庭をつくることが好きで、出征する前は日曜日なんかは植木屋みたいに器用な鋏のつかひかたで終日枝落しや植かへを愉しんでゐたものである。
大學時代にはテニスも少しばかりやつてゐた。
「おばあさん、――この間から考へてゐたンですけど、この家を賣らないかといふひとがあるンですけどねえ‥‥」
おばあさんは、巾着のやうにすぼまつた唇をもぐもぐさしてゐる。鼻が小さくて何時も笑つてゐるやうなおばあさんの表情は、久江にとつては豐年の稻穗を見てゐるやうに平和な氣持だ
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