夜福
林芙美子
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一
青笹の描いてある九谷の湯呑に、熱い番茶を淹れながら、久江はふつと湯呑茶碗のなかをのぞいた。
茶柱が立つてゐる。絲筋のやうなゆるい湯氣が立ちあがつてゐる。
「おばアちやん、清治のお茶、また茶柱が立つてゐますよ」
雪見障子から薄い朝の陽が射し込んでゐる。
久江はその湯呑茶碗をそつと持つて、お佛壇の棚へそなへた。佛壇の中には、十年も前に亡くなつた父や伯母の位牌が飾つてある。その父と伯母の位牌の間に、去年戰死した一人息子の清治の位牌がまつゝてあつた。父や伯母の湯呑は小さい白い燒物だつたけれど、清治のだけは、生前、清治が好きで毎日つかつてゐた九谷の湯呑茶碗をつかつた。
久江は佛壇の前に暫く坐つて眼をつぶつてゐた。
赤い毛糸で編んだ袖なしを着てゐる。[#「着てゐる。」はママ]今年八十二歳の久江の母は、薄陽の射してゐる疊へ油紙を敷いて、おもとの鉢植を並べて手入れをしてゐた。頭はすつかり禿げてしまつてゐるけれども
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