こだの、福のところへ手紙が來てゐるンだよ――清治も、俺とお前さんのことをよく承知してゐるものだから、一人で今日までがんばつて來たお母さんへこんなことをいふのは辛いのだつたらうし、といつて、福はどうしても女房にしたいから、何とか、自然な方法でお母さんに話してくれないかといつて來てゐるンだよ。――戰死をきいた時、私もねえ、よつぽど子供と福を連れて行かうと思つたンだが、そんな時に行けば、かへつてとりこんでるあんたの氣持を怒らすやうなものだと默つてこらへてゐたンだ。――それだのこれだの福は氣を病んで二ヶ月ほど寢込んでしまふし、まア、今日まで延引[#「延引」はママ]してゐたンだが、何でも露月町ぢや家を賣つてしまふといふやうな話も出てるンだとかで、このさきはどんな風になるのか、俺も妙に心配だつたし、まア、まア、一應逢つて、とつくりと相談して、どうにでもお前さんの氣の濟むやうにと、今日はまア、厚かましい話を聞かせるンだがねえ‥‥」
「ほんとですかねえ‥‥信じられませんねえ、そんなこと‥‥」
大吉郎は風呂敷の中から、自分や福に來た清治の手紙を出して久江の前に置いた。久江はそれを手にとつて、一つ一つ中味を拔いて讀んでいつた。正眞正銘の息子の字なので、久江は胸の中が熱くなつて來てゐる。(あなたの血を引いてゐるから‥‥)さうも眼の前のひとに心で怒つてみたりしたけれども、これほどまでに、自分に遠慮してゐたのかと、清治の氣持が何ともいぢらしくて仕方がない。
四
翌る朝、大吉郎との約束どほり、福といふ女が、赤ん坊を子守におぶはして久江を訪ねて來た。
久江のやうに小柄で、美人ではなかつたけれども、人好きのする柔和な顏だちをしてゐた。二十三ださうだけれども十八、九にしか見えない。裾みじかに矢羽根のお召を着て、白い足袋のさきがすつきりしてゐる。
羽織は紫しぼりの中々こつたものを着てゐた。
「さア、こつちへいらつしやい。――おばあさん、このひとがお福さんですよ」
昨夜、年寄りには何も彼も話してある。年寄りは、早くその男の子を見たいといつた。何も彼もすぎてしまつたことだし、清治が自分達に子供を形見に遺してくれたことは有難いことだと年寄はよろこぶのであつた。
昨夜、久江は話しながら涙をこぼしてゐた。自分に對しては、まるで腫物にでもさはるやうなあつかひかたをしてゐてくれた清治
前へ
次へ
全8ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング